岩手県の中西部に位置する花巻市。わんこそば発祥の地、宮沢賢治の生誕地として有名だが、いま最も話題なのは花巻東高等学校だろう。大谷翔平、菊池雄星と2名のメジャーリーガーを相次いで輩出。そんな同校の硬式野球部監督を務めているのが佐々木洋氏だ。聞けば盆栽が趣味だという。人を育てる、盆栽を育てる…。なにか共通項はあるのだろうか? そんな知的好奇心を満たすため、花巻に向かった。
前編:目に見える針金と、見えない針金。
野球との出会い
従来の常識にとらわれず、柔軟な指導法で結果を残す野球指導者として、日本のみならず本場アメリカでも名をとどろかす佐々木監督。高校野球の名門校と言えば、全国から優秀な人材を集めてチームを作るのが当たり前だが、佐々木監督率いる花巻東は違う。MADE IN IWATEにこだわり、県内出身の選手だけでチームを構成している。東京、大阪、名古屋といった大都市圏の高校ならいざ知らず、岩手県の人口は120万人ちょっと。正直、人材発掘に恵まれた地とは思えない。なぜ、花巻東は強いのか? 選手の成長を促す秘策とは? そこに盆栽は絡んでくるのか? まずは佐々木監督と野球の出会いを聞いた。
昔は野球しかなかったですからね。ビニールバットを持って公園に行って、兄と一緒に遊んでいました。
中高大と野球部に所属。プロ野球選手になりたいと思っていましたが、当時は恥ずかしくて、そんなこと堂々と言えませんでしたよ。それにいま思えば、プロ野球選手になるための具体的な行動計画を立てなかったので、結果も出ませんよね。明確な目標、計画を立てて、行動する。これを日々チェックすることを習慣化しないと、意味がありません。
指導者の道へ
農家の次男坊として生まれ、自然の成り行きで野球と出会い、漠然とプロ野球選手を目指す。挫折を味わい、選手として野球に関わるのを諦め、指導者の道へ。そこに至る過程で大きな存在となったのが、中学時代の恩師だった。
お恥ずかしい話なんですが、中学生の頃、かなりグレていましてね。まぁ、俗に言う番長でした。しかし恩師に、ある責任を与えられたことがキッカケになり、ボンタン、短ランを脱ぎました。不思議なんですが、怒られた覚えはありません。いつしか見えない針金をかけられ、矯正されていたんですね。この恩師に出会わなければ、いまの自分はありません。
曲がり具合や伸長する方向を変え、幹模様をつけたり枝ぶりを整えたりすることを、盆栽の世界では「針金をかける=矯正」という。盆栽では目に見える針金をかけるが、教育では見えない針金をかけるのがポイント。本人に気づかせないで、良い方向に導くのだ。
初めて盆栽を見たとき、なんでこんなにきれいに育つんだ…と思いました。よく見ると針金がかけられている。将来、価値を増し輝くために、ですね。やはり、若いうちに針金をかけないといけない。例えばオリンピックに出るような選手は、小さい頃から練習を始めている。高校からスタートして大成する選手など、まずいない。みんな柔軟に対応できる幼少時代に、見えない針金をかけられているんですね。個性だ、自主性だという時代ですけれど、いい意味での矯正も大事。導くなら若いうちのほうがいい。
のっけから核心に触れるような話題が飛び出したが、そもそも佐々木監督はなにゆえ、盆栽に興味を持つようになったのだろうか。時計の針を約10年前まで巻き戻してみよう。
庭づくりから学んだこと
2009年の選抜野球大会、さらに夏の選手権大会でも準優勝を果たし、その年のドラフト会議で菊池雄星が6球団から1位指名を受けました。するとお金目当てなんでしょうかね。週刊誌の記者やエージェントだけではなく、疎遠だった友人からも電話がかかってくる。誰々と会ってくれ…とね。次第に人と会うのが嫌になり、籠ったんですね。いま思うと、ちょっと鬱だったのかな。お酒が好きなので気晴らしに飲みに出かけると、金回りがいいから毎晩飲み歩いているみたいな噂を立てられるし…。
すると佐々木監督は、ますます外に出るのが億劫になり、必然的に早寝早起きをするようになる。実家が農家だったので、分け与えられた土地が少しある。ちょっと庭でも作ろうかな…と考えたわけだ。
ホームセンターに行って苗木を買ってきて、庭に植えました。生徒には長期的な視点で物事を考えろ!と言っている割に、自分は何も考えずに苗木を植えるもんだから、間隔が狭すぎて、育ってきたら邪魔し始めるんですね。結局、植え直しました。
私は常日頃、すべてのことを教育の役に立つことはないか、野球の指導につながることはないかと考えているんですが、生徒とも近すぎて邪魔し合って成長しないことがあるんじゃないか?と思ったんです。そうしたら、いろいろと思うことがありましてね。自分が好きな木ばかりを植えたら、秋になったら全部、葉っぱが落ちちゃった。庭を見渡したら、何もない(笑)。親父に言ったら、馬鹿にされましたよ。「だからサクラがあったり、マツがあったり、モミジがあったりするんだよ」と。
個の価値に気が付いたのである。春に咲くもの、秋に映えるものなど、長期的に考えなければ庭など作れない。これを野球に置き換えて考えるのが佐々木流だ。
うちの打線を考えたとき、同じタイプの選手を揃えているんじゃないかな…と。甲子園で1-0で負けたことがあります。そのときは同じタイプの左バッターばかり揃えていたんですよ。ハマれば打線が爆発するんですが、ひとり打てないとみんな打てない。苦手なピッチャーのタイプが同じですからね。
高校野球はプロ野球よりもプロフェッショナルじゃないといけない。だって予選から決勝まで、一回も負けられませんから。プロ野球はシーズンを通して60敗しても優勝できる。高校野球はクライマックスもないし、1回負けたらお終いですよ。だから、誰かが打てなくて負けましたの野球ではダメなんです。
打率の良い選手だけではなく、出塁率が良い選手もバランスよく配置する重要性。それを庭づくりから学んだわけだ。さらに佐々木監督の話は続く。
隣にある実家から、こっそりと大きな木を抜いて、自分の庭に植えてみたんですね。すると見事に枯れました。親父に相談したら、「植え替えるタイミングを考えろ」と笑われました。私が植え替えたのは夏。この手の手入れは梅雨前に行うのがセオリーだったのです。そこでハタと思いました。生徒が求めていないタイミングで指導しても、実らないのではないか…と。
<後編に続く>
Profile
佐々木 洋
1975年生まれ、岩手県出身。国士舘大学卒業。卒業後、横浜隼人高等学校に赴任し、同校硬式野球部コーチを経て、1999年に花巻東高等学校へ。2002年より同校硬式野球部監督。春夏合わせて9回、甲子園に出場(2020年1月現在)。